社会から離れている今、ふと感じる不安
今、私は育休中です。
おそらく、このままもう1年延長する予定です。
日々子どもと向き合う生活の中で、どうしても「仕事モード」からは少し離れています。そんな中で気になるのが、この数年で一気に進んでいるAIの存在。
毎日のように「AIが進化している」「仕事が変わる」と言われていて、正直なところ、「復帰したとき、ついていけるのかな」そんな不安を感じることもあります。
「AIに代替されない仕事」を探そうとしていた
よく言われますよね。
「AIに奪われない仕事をしよう」
「AIに代替できないスキルを身につけよう」
私も同じように考えていました。
これからの時代に必要とされるのは何だろう。
自分にできることは何だろう。
そんなことを、なんとなく頭の片隅で考えながら過ごしていました。
でも、すでにやっていた
そんなある日、ふと気づいたんです。
「私、もうすでにやってるかもしれない」
AIに代替されない仕事。それが、今やっている「母親業」なんじゃないか、と。
母親業は、非効率のかたまりでできている
育児って、本当に非効率の連続です。
例えば、3歳の息子に「靴下取って」と言われて、取って履かせてあげたら、「自分で取りたかった」と泣かれる。一度履かせた靴下を脱がせて、もう一度しまって、気持ちをなだめてから、やり直す。
これ、効率だけで考えたら、正解は最初から「やらせること」かもしれません。
でも、その時の正解は、きっとそこじゃない。
道端に咲く赤いチューリップを見て、「きれいだね」と声をかけたら、「白がよかった」と不機嫌になる。
どうしようもない、正解のない感情に向き合う時間。
やっと寝かしつけたと思って、そっと離れた瞬間、自分のおならの音にびっくりして泣き出す0歳。
もう一度、最初からやり直し。
どれも、効率とは真逆の出来事です。
でも、この一つひとつに向き合うこと自体が、育児なんだと思います。
効率化できないからこそ、意味がある
もしこれを全部「効率化」できたとしたら。
泣かないようにする方法。
不機嫌にならない選択肢。
最短で寝かしつける技術。
そういうものがあったとしても、それって本当に「子どもの成長」につながるのかは、少し違う気がします。
遠回りしたり、やり直したり、一見ムダに見える時間の中で、子どもは少しずつ、気持ちを学んでいく。
そして親もまた、向き合い方を学んでいく。
「非効率と向き合う力」は、これからの強さになるかもしれない
AIはきっと、これからもっと発達していきます。
効率化できることは、どんどん効率化されていく。
でもその中で、非効率で、正解がなくて、人の感情に向き合い続けること。
これはきっと、簡単には代替できない領域なんだと思います。
今日も、胸を張って非効率と向き合う
母親業は、AIには絶対に奪われない、最高にクリエイティブでエキサイティングな職業。
そう思ったとき、少しだけ気持ちが軽くなりました。
社会から離れているように見えて、実はすごく本質的なことを、毎日やっているのかもしれない。
そう思えるようになりました。
今日もまた、思い通りにいかない一日が始まります。
でもそれはきっと、無駄な時間じゃない。
むしろ、今しかできない、大事な時間。
そんなふうに誇りを持って、今日も非効率と向き合っていこうと思います。
でもすべてを頑張り続けるのは、やっぱりしんどい。
だから私は、「削っていい非効率」と「大事にしたい非効率」を分けて考えていたいです。
「非効率でいい」と思っていても、現実は、そんなにきれいにいかなくて。
時間もないし、余裕もないし、正直「もう無理」と思う日もあります。
だから私は、削る非効率を決めました。
⬇︎その時に削ったことはこちら⬇︎
▶ 「もう無理」と思った日から、やめたこと。


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