朝活読書で読んだ『「育てにくい子」と感じた時に読む本』の中の言葉にハッとした話

最近、朝活を始めているという記事を、以前書いたと思うんですけれど。

▶︎寝かしつけで寝落ちしてしまうママへ|「戦略的寝落ち」で朝活ができるようになった話

夜は子どもと一緒に早めに寝て、朝早く起きる。

そして、子どもが起きてくるまでの時間で、読書をしたり ブログを書いたり。そんな時間を過ごしています。

今日は、その朝活の時間に読んだ本について、少し書いてみたいと思います。

今回読んだのは、佐々木正美さんの『「育てにくい子」と感じた時に読む本』という本です。

目次

【朝活の読書で見つけた】佐々木正美さんの本に救われた言葉

その中で、すごく印象に残った言葉があります。

この子を喜ばせてあげられる人間は、わたしだけしかいないのだ、という誇りを持ってやるのです。

という一節です。これを読んだときに、ちょっとハッとさせられました。

朝活読書でハッとした「この子を喜ばせられるのは私だけ」という誇り

「この子を喜ばせてあげられる人間は、わたしだけしかいない」という言葉に、すごく心を打たれました。

自分が困っているときって、

  • 夫に頼る
  • 親に相談する
  • 兄弟や友達に話す
  • お金を払って外注する
  • 病院や専門機関に行く

いろんな選択肢があって、自分で問題解決に向けて動くことができると思うんです。

子どもにとっての「ママ」という存在。朝の静かな時間だからこそ深まった思考

でも子どもって、特に今の3歳の息子を見ていると、困ったときに頼れる先って、パパ ママ あとは保育園の先生
本当にそれくらいしか思いつかないんじゃないかなと思っていて。
その中でも、たぶん一番最初に思い出してくれるのって、「ママ」なんじゃないかなと思うんです。

ママにしか頼れないからこそ、漏らした言葉もあるのかなと思います。
▶︎「赤ちゃん、お腹に戻ってほしい」その言葉の奥にあった、3歳の気持ち

イヤイヤも、その一つかもしれない

だからこそ、「これやって」「あれして」っていう、いわゆるイヤイヤだったり、要求だったりも、ただのわがままじゃなくて、「頼れる人に頼っている」っていうことなのかなと、少し思いました。

▶︎食べさせないと食べない3歳。少食な長男と向き合う中で思ったこと

【母親業×AI】朝活読書で再確認した、テクノロジーには代替できない母の役割

母親業って、誰かに代わってもらうこともできないし、完全に外注することもできないし、もちろん自動化もできない。

そういう意味で、すごく特殊で、でもすごく尊くて、AIには決して代替できない役割なんだなと、改めて思いました。

⬇︎AIと仕事に関する葛藤についてはこちらに書いています⬇︎
▶︎育休中に感じる不安|AIに仕事を奪われるかもしれないと思った私が気づいたこと

結論|朝活読書習慣が、イライラしがちな毎日に「心の余白」をくれた

だからこそ、「この子を喜ばせてあげられる人間は、わたしだけしかいない」そのことに、ちょっと誇りを持っていけたらいいなと思いました。

毎日余裕があるわけじゃないし、イライラすることもあるし、全部がうまくいくわけでもないけれど。
でもふとしたときに、この言葉を思い出して、少しだけでも、子どもに向き合う気持ちが変わったらいいなと思っています。

そんな、朝活の中で出会った、ちょっと心に残った言葉の話でした。

▶︎「もう無理」と思った日から、やめたこと

しゃぴ
考える母
35歳2児の母。育休中の思考の記録です。 丁寧な暮らしに憧れるもバタバタする日常。 そんな中でも私の頭の中の思考だけは誰にも奪えない。 カオスな日常を思考で整えていくリアルな記録。
「大変な毎日を、少しだけ面白がれるヒント」をお届けします。
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